グアムとは
|
|
この項目「グアム」は画像提供依頼に出されており、コンチネンタル・ミクロネシアの本部 - グアム国際空港 - Old Terminal Building - Tamuningの画像提供が求められています。このタグは2010年2月に貼り付けられました。
依頼者の方へ:このテンプレートはページ上部に貼り付けてください。画像提供依頼ページにも依頼文を追記してください。
提供者の方へ:画像提供後は画像提供依頼ページに報告をお願いします。全依頼画像が提供されたらこのテンプレートを剥がしてください。 |
座標: 北緯13度27分 東経144度47分 / 北緯13.45度 東経144.783度 / 13.45; 144.783
 |
この項目では、米領グアムについて記述しています。国家連合のGUAMについては「GUAM」を、その他の用法については「グアム (曖昧さ回避)」をご覧ください。 |
世界 > オセアニア > ミクロネシア > グアム
- グアム
- Guam
-
 |
 |
| (地域の旗) |
(地域の紋章) |
- 地域の標語: Where America's Day Begins
(アメリカの一日が始まる場所)
- 地域の歌: Fanohge Chamoru(グアムの国)

-
| 公用語 |
英語、チャモロ語 |
| 主都 |
ハガニア |
| 最大の都市 |
ハガニア |
- 政府
-
| 知事 |
フェリックス・ペデス・カマチョ |
| 首相等 |
不明 |
- 面積
-
- 人口
-
| 総計(2003年) |
163,941人(N/A) |
| 人口密度 |
299人/km² |
|
| 成立 |
不明 |
| 通貨 |
USドル(USD) |
| 時間帯 |
UTC +10(DST: 不明) |
| ISO 3166-1 |
GU / GUM |
| ccTLD |
.gu |
| 国際電話番号 |
1-671 |
恋人岬からタモン湾を望む
タモン湾越しに望む恋人岬
グアム(Guam)は、太平洋の島である。1898年の米西戦争からアメリカ合衆国の領土になった。1941年から1944年までは、日本軍が占領統治していた(当時は「大宮島(だいきゅうとう[1])」と呼ばれていた)。経済面では、アメリカ軍と日本からの観光客が重要な位置を占めている。日本語では「グァーム」、「ガーム」と発音されることが多いが、近年は「グーアーム」の発音も主流になっている。
|
目次
- 1 歴史
- 2 地理
- 3 主要都市
- 4 政治
- 5 経済
- 6 軍事
- 7 交通
- 8 住民
- 9 芸術・文化
- 10 姉妹・友好都市
- 11 脚注
- 12 関連項目
- 13 外部リンク
|
歴史
グアム島に人類が住み着いたのはB.C.3000年~2000年頃で、東南アジア系民族チャモロ人がマレーシアやインドネシア、フィリピンから航海カヌーに乗って移住してきたことに始まると考えられる。
1521年にマゼランがヨーロッパ人として初めてグアム島に到達。1565年にレガスピが来島してスペインの領有を宣言し植民地となり、1668年にサン・ビトレスを中心としたイエズス会が布教活動のため訪れるようになった。しかし、宣教師が祖霊崇拝を始めとするチャモロ人の伝統的な習慣や文化を厳しく禁止したため、不満を持つチャモロ人も多く、その不満は1669年のスペイン・チャモロ戦争として現れた。キリスト教に反抗的な村は全て焼き払われ、10万人いたとされるチャモロ人が5000人以下に激減した。そして、以降は目立った反抗は無くキリスト教文化が定着するようになったといわれている。
1898年にアメリカとスペインの間で勃発した米西戦争にアメリカが勝利し、同年のパリ条約によりグアム島はフィリピン、プエルトリコとともにアメリカ合衆国に割譲された。
1941年12月8日に太平洋戦争が勃発。日本海軍は真珠湾攻撃の5時間後(日本時間午前8時30分)、グアムへの航空攻撃を開始した。同月10日日本が占領したが、1944年8月に米国が奪還(グアムの戦い)した。以後、戦争終結までアメリカ軍の日本本土の爆撃拠点として活用された。
1950年にアメリカ合衆国議会によりグアム自治法 (Guam Organic Act of 1950) が制定され、「アメリカ合衆国自治的・未編入領域 (organaized unincorporated territory)」という政治的地位となり、スキナーが初の民間人知事となった。現在まで米軍の太平洋戦略上、重要な基地のひとつとしてグアム島は活用され、近年は日本からの観光客を中心とした観光地、リゾート地として発展を遂げている。
地理
マリアナ諸島最大の島で、その南西端に位置する。海底火山によって造られた。北部は珊瑚礁に囲まれた石灰質の平坦な台地で、南部は火山の丘陵地帯である。最高所はラムラム山で標高406m。
年間平均気温は約26℃。
気候
海洋性亜熱帯気候に属しており、年間を通して高温多湿。「常夏」といわれ、ほぼ1年中海水浴が楽しめる。6 - 12月が雨季、1 - 5月が乾季。雨季にはスコールが降る。
主要都市
- ハガニア (Hagatna) :グアムの主都、旧称:アガナ (Agana)
政治
アメリカ合衆国の準州。大統領選挙の参政権は持っていない。ストローポール(擬似投票)が行われるが、選挙結果には反映されない。
1968年以降は公選によって選ばれた知事が内政執行にあたる。かつてはアメリカ海軍による軍政だった。国家元首はアメリカ合衆国大統領。
グアム議会を形成。議会は立法院のみの一院制。
1972年以降、合衆国議会下院に、本会議での議決権のない代表を1名選出している。
米国が全面的に防衛権を持つ。このために土地を収用することもできる。
自主憲法草案が上程されたが、1979年の住民投票で否決された。その後も米国連邦政府による独立や自治の勧告は無視して、大国との特権的な関係から得られる利益を選んでいる。
現在でも国際連合非自治地域リストに掲載されている。
なお、現在、グアムにおいては死刑制度は廃止されている。
経済
通貨はアメリカ合衆国ドル(USドル)。ただし現在では日用品や土産等の購入に関し、多くの場合、少額(おおよそ100ドル以内)であれば、日本円でも通用する店舗が増えつつある。
米軍の基地関連産業とアメリカ政府からの補助金、観光業、農業、漁業が主要な経済基盤で、1980年代前半まで米軍への依存度が高かったが、米軍基地の縮小に伴い、近年は観光業が産業の大部分を占め、島民の約60%が観光業に従事している。
年間100万人以上の観光客が訪れるが、観光収入の9割以上が日本からの観光客によるもので、日本への依存度が高い。近年は特に和食料理店など、日本の外食企業の参入も多く見られる傾向にある。
2006年にグアムの携帯電話事業者であるグアムワイヤレス及びグアムセルラーをNTTドコモが買収・統合し、2008年にドコモパシフィックと社名を変更しており、国際ローミング(WORLD WING)を使って、FOMAサービス及びiモードサービスが利用できるようになっている。ただしPulse Mobileなど他の事業者によるローミングと扱いは基本的に一緒となっている(グアムはドコモパシフィックを含め、2010年現在携帯電話事業者が6社存在する)。
軍事
島の面積の1/3をアメリカ軍用地が占めている。グアム島は、朝鮮半島、台湾、南沙諸島、フィリピン、インドネシア、オーストラリアとあらゆる場所に緊急展開できる戦略上の要地であり、米準州でもあるので、西太平洋の礎石として、世界戦略を見据えた軍事拠点化を進めてきた。2004年には、グアム島周辺を調査した中国人民解放軍海軍の漢級原子力潜水艦が行き帰りに日本の領海侵犯を行った漢級原子力潜水艦領海侵犯事件が発生した。
島の北部には3,000m級滑走路が2本あるアンダーセン空軍基地が存在する。ここには現在常駐する戦闘機部隊は存在していないが、しばしば飛来する。現在、B-52戦略爆撃機やB-2が配備されている。極東有事の際には、アメリカ本土やハワイなどから前線派遣された航空部隊の重要な出撃拠点になる。
島の西部には、アメリカ海軍も使用しているアプラ港があり、ロサンゼルス級原子力潜水艦が事実上の母港としており、将来的にはオハイオ級原子力潜水艦も配備される予定である。これらは第7艦隊隷下にある。
在日米軍再編の影響により、沖縄本島に駐屯しているアメリカ海兵隊7,000人がグアムに移駐する予定であり、キャンプ瑞慶覧から司令部も移転する予定である。この部隊の受け入れのための費用を日本政府が59%負担することで日米両政府が合意した。上記の基地移転には先住民の一部から反発がおきているが、大半の住民はかつて米軍基地が縮小された事で経済的に大きな打撃を受けたため基地・観光による経済的観点から賛同している。
交通
アプラ港
訪島手段として飛行機と船舶があるが、飛行場はグアム国際空港、港はアプラ港がある。アプラ港はミクロネシア最大の港。
島内の交通機関はバスやタクシーのみで鉄道はない。バスは、観光地をまわるトロリーバスなどを運行しているグレイラインバスや「ショッピングセンター」はDFSギャラリア・マイクロネシアモール・グアムプレミアムアウトレットや小規模なものではタモンサンズプラザなどがありホテル、旅行会社が運行するザ・ショッピングバス、シャトルバスを運行するアイバスなどがある。
サイパン島と同様に、島内では九州産業交通の現地法人であるグアム産交が貸切バス事業を行なっていたが、九州産業交通の産業再生機構活用による事業再編の一環として売却されている。航空便で到着する乗客の7割が日本国籍である(2010年現在)。
住民
民族・人種・出自構成
- チャモロ人:47%
- フィリピン系:25%
- 他の太平洋諸島(FSMは、パラオ)、アジア(日本、韓国、中国、ベトナム): 10%
言語
公用語は英語、チャモロ語であるが、日本からの観光客による収入が島の大部分の収入を占めていることから日本語も使われており、日本語を理解できる住民がかなり多い。島では、あちこちの店に日本語が使われている。また、フィリピン系も多く、タガログ語も使用される。
芸術・文化
ラッテ・ストーン。家の土台だったとか宗教行事に使われた物ではないかと言われているが未解明。
- 伝統的な文化としてチャモロ文化がある。踊りではミクロネシアダンスが有名。
- グアムの芸術や文化に関する機関として「グアム芸術文化省」(Kaha)がある。
- ミクロネシア連邦のチューク州のプルワット環礁との結びつきが強く、プルワット出身の航法師が伝統的な航海カヌーによる航海術を教えている。
姉妹・友好都市
日本の千葉県柏市はグアムの友好都市である。グアムとの交流は、柏まつりを通じて始まり、ミス柏に副賞としてグアム旅行が贈られ、1985年(昭和60年)からは、ミス・グアム及びグアム政府観光局代表が柏まつりに参加するようになった。その後、柏グリーン・ライオンズクラブとグアムマリアナス・ライオンズクラブが1990年(平成2年)2月姉妹クラブを結び、青少年交流派遣を実施するなど、交流が深まった。こうした経過を経て、1991年(平成3年)5月、柏市とグアム政府の親善提携を求める陳情書が提出され、1991年(平成3年)6月定例市議会で採択。柏市長が同年7月、グアム知事に書簡で親善提携を申し入れたところ、同知事も快諾、友好都市提携が決定。1991年(平成3年)11月30日、グアムにて友好都市提携の調印を行った。
脚注
- ^ 「だいきゅうとう」が正式呼称であったが、一般には「おおみやじま」と呼ばれていたようである。
関連項目
外部リンク
ウィキメディア・コモンズには、グアムに関連するマルチメディアおよびカテゴリがあります。
- グアム - ウィキトラベル
- グアム政府観光局 (日本語)
- サンドキャッスル・グアム (日本語)
|
アメリカ合衆国の州と行政区画 |
|
| 州 |
アーカンソー | アイオワ | アイダホ | アラスカ | アラバマ | アリゾナ | イリノイ | インディアナ | ウィスコンシン | ウェストバージニア | オクラホマ | オハイオ | オレゴン | カリフォルニア | カンザス | ケンタッキー | コネチカット | コロラド | サウスカロライナ | サウスダコタ | ジョージア | テキサス | テネシー | デラウェア | ニュージャージー | ニューハンプシャー | ニューメキシコ | ニューヨーク | ネバダ | ネブラスカ | ノースカロライナ | ノースダコタ | バージニア | バーモント | ハワイ | フロリダ | ペンシルベニア | マサチューセッツ | ミシガン | ミシシッピ | ミズーリ | ミネソタ | メイン | メリーランド | モンタナ | ユタ | ルイジアナ | ロードアイランド | ワイオミング | ワシントン
|
|
| 連邦特別区 |
ワシントンD.C.
|
|
| 準州・自治領 |
米領ヴァージン諸島 | 米領サモア | グアム
|
|
| 自由連合州 |
北マリアナ諸島 | プエルトリコ
|
|
| 合衆国領有小離島 |
ウェーク島 | ジョンストン環礁 | ミッドウェー環礁 | キングマン岩礁 | パルミラ環礁 | ジャーヴィス島 | ベーカー島 | ハウランド島 | ナヴァッサ島 | バホヌエボ礁 | セラニャ礁
|
|